太宰治の『お伽草紙』

この本には表題作の『お伽草子』の他、井原西鶴の『諸国噺』を太宰流にアレンジした、『新釈諸国噺』など、主に民話や昔話を題材にした作品が収められています。

これらの作品が書かれたのは、ちょうど日本にB29が飛来するようになった、太平洋戦争末期。

『お伽草子』の冒頭は、父である太宰が、防空壕の中で飛行機の轟音から身を隠しながら、5歳の娘に「ムカシ、ムカシノオ話ヨ」と昔話を語っているシーンから始まっています。

そう、太宰は敗戦が濃厚となった太平洋戦争末期においても、「書いて」いたのです。

内容的には、『新釈諸国噺』の方は、原作者の西鶴に遠慮してか、太宰流のキレやユーモアに少し欠けるものの、『お伽草子』の方は、日本人なら誰でも知っている「こぶとり爺さん」「浦島太郎」「カチカチ山」「舌切り雀」の4作を、太宰流にアレンジしたもので、傑作揃いです。

中でも「浦島太郎」のラスト・シーン、そう誰もが釈然としない、あの竜宮城から帰って来ると月日が流れていて、竜宮城が懐かしくなり玉手箱を開けてみるとドロン!とお爺さんになってしまうあのシーンの解釈はいかにも太宰流です。

太宰は最後に浦島がお爺さんになったのは、それは「深い慈悲」だと言います。

故郷が懐かしくなり、帰郷して元の暮らしを続けてみても、いずれ竜宮城が懐かしくなります。

しかし、もう亀を助けたあの元の月日にも、自分から暇を告げてきたあの竜宮城にも今さら帰ることは出来ません。

もし浦島がそのまま若かったなら、もう一度暖かい家庭を探す、もしくはあの竜宮城を探したでしょう。

しかし彼は今となっては300歳の老人です。

全ての欲望を諦め、静かに暮らす事ができるのです。まさに浦島が竜宮城で聞いたあの「聖諦」(聖なる諦め)の唄の精神です。

そして太宰は、最後にこう結ぶのです。

「浦島は、それから十年、幸福な老人として生きたという。」

ところで太宰は、戦渦の中にあって、民話や昔話を通して、人間の心に潜んでいる、昔から変わらない、普遍的な感情を描き出そうとしたのではないかと思います。そして、B29が頭上を飛び交う中でのその試みは、並大抵の精神力では為せる業ではないでしょう。

事実、太宰は戦前からの戦後に通して、日本で唯一と言っていいほど書き続けた作家でした。

己を見つめ続けた者の強さがそこにはあったのではないか・・・。そう思えてならない・・・。